「手すり、つけたほうがいいですか?」
訪問先で、いちばんよく聞かれる質問です。
そして私は、たいていこう答えます。
「まず、置き型を試してみませんか」
意外に思われることが多いのですが——工事が正解とは限らないのです。
この記事では、私が現場で使っている5つの判断基準をお話しします。
この記事の結論
- 同じ目的でも、「工事」と「道具」の2つの道があります
- 工事のほうが上等、ではありません。向き不向きです
- 判断の基準は5つ:①体の変化の速さ ②使う期間 ③住まいの形 ④動作の複雑さ ⑤失敗したときの取り返し
- 迷ったら、まず道具で試す。 工事は「これでいい」と分かってからでいい
- 財布が別なので、住宅改修の20万円を使い切っていても道具は使えます
まず、2つの道があります
介護保険には、似た目的で別々の制度があります。
| 住宅改修(工事) | 福祉用具(レンタル・購入) | |
|---|---|---|
| 何をする | 壁や床に固定する | 置く・借りる |
| 上限 | 20万円(生涯) | レンタルは月額/購入は年10万円 |
| 自己負担 | 1〜3割 | 1〜3割 |
| 財布 | 別々(両方使えます) | |
| やり直し | 難しい | 簡単。返せる |
いちばん大事なのは、最後の行です。
同じ目的で、両方あるもの
代表的なものを並べます。
| やりたいこと | 工事(住宅改修) | 道具(福祉用具) |
|---|---|---|
| 手すりがほしい | 壁に取り付け | 置き型手すり(レンタル) |
| 玄関の段差 | 段差解消工事 | 踏み台・スロープ(レンタル) |
| トイレを洋式に | 便器の取替え | ポータブルトイレ(購入) |
| 浴室で座りたい | — | シャワーチェア(購入) |
| 浴槽に入りやすく | 浴槽の取替えは対象外 | 浴槽台・バスボード(購入) |
| ベッドから起きる | — | 介護ベッド(レンタル) |
浴槽の取替えは、そもそも介護保険では対象外です。この場合は道具しか道がありません(→「「介護保険の対象外です」と言われた工事を、あきらめない方法」)。
判断の基準①|体が、これから変わりそうか
私が最初に見るのは、ここです。
| 変わりそう | 道具 |
| 安定している | 工事 |
なぜか。
工事は、その時点の体に合わせて作ります。 体が変われば、合わなくなります。
現場での例
退院直後
↓
まだ体力が戻っていない。杖をついている
↓
この状態で手すりの位置を決めると——
↓
3か月後、歩けるようになったら位置が低すぎた
回復途中の方には、工事を勧めません。変わっている最中に固定してしまうと、必ずずれます。
逆に——進行性の病気で、これから弱っていくと分かっている場合も、道具から入ります。先を見越しすぎた工事は、いま使えません。
工事が向くのは、「しばらくこの状態が続きそう」なときです。
判断の基準②|どれくらいの期間、使うか
費用の話です。
| 費用の目安 | |
|---|---|
| 置き型手すり(レンタル) | 月およそ300〜500円(自己負担1割の場合) |
| 手すりの取付け工事 | 1本あたり2〜3万円(自己負担は1〜3割) |
短期間なら、レンタルが圧倒的に安い。
でも、何年も使うなら工事のほうが得になります。
月400円 × 12か月 × 5年 = 24,000円
↓
工事の自己負担と、だいたい同じ
目安は「3〜5年使うかどうか」です。
ただし——住宅改修の20万円は、生涯で1回分です(要介護度が3段階上がると再取得できます/転居時も)。急いで使い切るものではありません。
「20万円は、いちばん必要なときのために取っておく」——これも、ひとつの考え方です。
判断の基準③|賃貸か、持ち家か
これは、決定的です。
| 賃貸 | 道具一択に近い |
| 持ち家 | どちらも選べる |
賃貸では、壁に穴を開ける工事に大家さんの許可が要ります。許可が下りても、退去時に原状回復を求められることがあります。
置き型なら、許可も原状回復も要りません。
分譲マンションでも、共用部分(玄関の外・廊下)は勝手に工事できません。管理組合の承認が要ります。
賃貸の場合は「賃貸住宅でも介護の住宅改修はできる」に詳しく書きました。
判断の基準④|その動作は、単純か複雑か
ここが、理学療法士らしい視点です。
道具で足りるのは、動作が単純なときです。
道具で足りる例
| ・ベッドから立つ | 置き型手すりで足りることが多い |
| ・玄関で靴を履く | 椅子を1脚置くだけで解決することがある |
| ・浴槽に入る | 浴槽台で「またぐ高さ」が下がる |
工事でないと難しい例
| ・廊下を10m歩く | 置き型では距離をカバーできない |
| ・階段を上り下りする | 連続した支えが要る |
| ・トイレまでの動線全体 | 複数箇所を通しで支える必要がある |
見分け方は「一点で支えれば足りるか、線で支える必要があるか」です。
| 点で足りる | 道具 |
| 線が必要 | 工事 |
立ち上がりは「点」、歩行は「線」——ざっくり、そう考えてください。
判断の基準⑤|失敗したときに、取り返せるか
これが、いちばん実用的な基準かもしれません。
工事の失敗は、取り返しがつきません。
現場でよく見るのが、「つけたけれど、使われていない手すり」です。
理由は、たいてい位置です。
- ・高すぎる/低すぎる(数センチで変わります)
- ・立ち上がる向きと合っていない
- ・麻痺のある側についている
一度つけた手すりを、数センチ動かすために、もう一度工事をする方はまずいません。 合わないまま、使われずに残ります。
道具なら、合わなければ返せます。
置き型手すりを1か月使ってみる
↓
「ここじゃない」と分かる
↓
位置を変える/別のものに交換する
↓
「ここでいい」と確定してから、工事する
これが、私がいちばん勧めるやり方です。
道具は「お試し」にもなる。工事の失敗を防ぐ、いちばん確実な方法です。
まとめ:迷ったら、この順番で
① まず道具で試す(レンタルなら数百円/月)
↓
② 1〜3か月使ってみる
↓
③ 「ここに、この高さで」が確定する
↓
④ 長く使うと分かったら、工事にする
急いで工事をする理由は、ほとんどありません。
例外は「退院日が決まっていて、それまでに間に合わせる必要がある」場合です。このときは、工事の申請に時間がかかるので逆算が要ります(→「退院日が決まってからでは間に合わない」)。
最後に、いちばん大事なこと
どちらを選ぶにしても——動作を見てもらってください。
業者だけで決める → カタログから選ぶことになる
ケアマネだけで決める → 動作の細かい判断は専門外
↓
理学療法士・作業療法士に、実際の動きを見てもらう
訪問リハビリを利用していれば、追加の費用なしで相談できます。
「手すりの位置を見てほしい」とケアマネジャーに伝えるだけです。それだけで、無駄な工事を1つ減らせることがあります。
この記事のまとめ
- 同じ目的に「工事」と「道具」の2つの道。財布は別(両方使える)
- 判断の基準は5つ
- ①体がこれから変わりそうか(変わるなら道具)
- ②3〜5年使うか(長いなら工事が得)
- ③賃貸か持ち家か(賃貸は道具一択に近い)
- ④点で足りるか、線が必要か(立ち上がり=点/歩行=線)
- ⑤失敗を取り返せるか(工事は取り返せない)
- 迷ったら道具で試す →「ここでいい」と分かってから工事
- どちらにしても、PT・OTに動作を見てもらう
費用・対象・自己負担割合は、お住まいの市区町村や年度、要介護度によって異なります。必ずケアマネジャーまたは市区町村の窓口でご確認ください。
介護保険の住宅改修の基本は「介護保険の住宅改修費20万円」に、親の家をどうするか全体の流れは「「親の家、どうする?」完全ガイド」にまとめています。
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