「実家は賃貸だから、介護保険の住宅改修は使えないですよね?」
訪問リハビリの現場で、ご家族からよく受ける質問です。
答えは——使えます。 持ち家でなくても、住んでいるご本人が要支援・要介護の認定を持っていれば、介護保険の住宅改修費(上限20万円)の対象になります。
ただし、持ち家にはない関門がひとつあります。大家さんの承諾書です。
私は理学療法士として訪問リハビリの現場に立つ一方で、大家として賃貸物件も管理しています。承諾書を「もらう側」と「出す側」の両方を知っている立場から、実際のところどうなのかをお話しします。
この記事の結論
- 賃貸でも介護保険の住宅改修費は使える(上限20万円・自己負担は1〜3割)
- ただし申請には所有者の承諾書が必要。実物はA4・1枚で、書くのは数行だけ
- 持ち家でも、名義が本人でなければ承諾書は必要(相続で名義が変わっている実家は要注意)
- 大家が気にしているのは「壊されないか」ではなく、退去時にどうするか
- 工事前に「手すりを残すか撤去するか」を書面で決めておくのが最大のトラブル防止策
- 承諾が得られなくても、工事不要の福祉用具で代替できるものは意外と多い
1. 賃貸でも住宅改修費は使える
介護保険の住宅改修は、住んでいる人が対象の制度です。建物を誰が所有しているかは問いません。
条件はシンプルです。
- 住んでいるご本人が要支援1〜2、または要介護1〜5の認定を受けている
- その住所が介護保険証に記載されている住所である
- 工事の前に申請している(ここが最重要)
対象になる工事も持ち家と同じで、手すりの取り付け、段差の解消、床材の変更、扉の取り替え、洋式便器への交換などです。
制度の基本は介護保険の住宅改修20万円の使い方にまとめてありますので、まだの方はそちらから読んでみてください。
2. 必要なのは「所有者の承諾書」——A4・1枚です
賃貸で特別に必要になるのが、住宅の所有者(大家さん)の承諾書です。
「承諾書」と聞くと構えてしまいますが、実物はA4・1枚の簡単な書類です。大家さんが書くのは、実質2〜3行しかありません。
書く内容はこれだけ
- 所有者の氏名・住所(自治体によっては押印。最近は押印不要のところも増えています)
- 改修する住宅の所在地
- 介護保険を使うご本人(借主)の氏名
- 改修の内容
- 「上記の改修を承諾します」という一文
大家さんが図面を描いたり、工事内容を判断したりする必要はありません。 すでにできあがった申請書類に署名するだけです。ここを最初に伝えるだけで、話がぐっと進みやすくなります。
誰が用意するのか
- 様式は市区町村の窓口でもらえます(自治体ごとに書式が決まっています)
- ケアマネジャーが手配してくれることが多い
- 管理会社が入っている物件では、管理会社経由で大家に話が行くのが一般的
つまり、ご家族が直接大家さんと交渉する場面は、実はそう多くありません。まずはケアマネジャーに「賃貸なんです」と伝えてください。そこから動いてもらえます。
3. 【要注意】持ち家でも承諾書が必要なことがあります
ここは見落とされがちなので、賃貸にお住まいでない方も読んでください。
承諾書が必要なのは「賃貸だから」ではありません。「改修する住宅の所有者」と「介護保険を使うご本人」が別人のときです。
| 状況 | 承諾書 |
|---|---|
| 親が住む実家が親名義 | 不要 |
| 実家がすでに子や別の家族の名義になっている | 必要 |
| 賃貸住宅 | 必要 |
実際、自治体によっては「家族および相続人用」という様式が、賃貸用とは別に用意されています。
つまり——相続や生前贈与で実家の名義が変わっている場合、持ち家であっても承諾書が要るということです。「うちは持ち家だから関係ない」と思っていると、申請の直前で慌てることになります。
実家の名義が今どうなっているかは、相続登記が済んでいるかとあわせて、一度確認しておくと安心です。
4. 引っ越し・退院に合わせて先に改修したいとき
もうひとつ、知っておくと役に立つ様式があります。
「居住前住宅改修事前承諾書」——これから住む予定の家を、まだ住民票を移す前に改修するときに使うものです(名称は自治体により異なります)。
これが効いてくるのが、退院に合わせて実家に戻るケースです。
退院日が決まってから動き出すと、承諾書のやりとりと工事で間に合いません。でもこの様式を使えば、まだ引っ越していない段階で申請を進められます。
「退院してから考えよう」ではなく、退院の見通しが立った時点でケアマネジャーに相談する——これが間に合わせるコツです。
5. 【大家の立場から】承諾を求められたとき、何を考えるか
ここからが、大家側にいる私だから書ける話です。
承諾書を求められた大家が気にしているのは、「工事で壊されるのが嫌だ」ではありません。 手すり1本で建物が傷むとは、普通は考えません。
大家が本当に気にしているのは、この3点です。
① 退去のとき、これをどうするのか
一番の関心事はこれです。
手すりを残してもらえるなら、大家としてはむしろプラスになることもあります。次に高齢の方に貸すとき、「手すり付き」は立派な武器になるからです。
逆に「撤去して元に戻してください」と言われると、その費用は誰が持つのか、壁のビス穴はどう処理するのかという話になります。そこが曖昧なまま工事されるのが、大家としては一番困ります。
② 建物の構造に影響しないか
手すりは、しっかり効かせるために下地(柱や補強板)にビスを打ちます。ここは業者が判断する部分ですが、大家としては「勝手に壁を抜かれないか」は気になります。
とはいえ、介護保険を使う工事は市区町村に申請して図面や見積書を出すので、素性の分からない工事にはなりません。ここは説明すれば納得してもらいやすい点です。
③ 他の入居者への影響
集合住宅の場合、共用廊下に手すりを付けたいという話になることがあります。これは専有部分ではないので、大家としては簡単には承諾できません。専有部分(借りている部屋の中)の工事かどうかで、大家の答えは変わります。
6. 実は歓迎する大家もいます
意外に思われるかもしれませんが、バリアフリー化を喜ぶ大家もいます。
理由は単純で、高齢の入居者が増えているからです。R65調査によれば、高齢を理由に入居を断られた経験がある人は約3人に1人。裏を返せば、高齢者を受け入れられる物件は競争が少ないということです。
手すりや段差解消が済んでいる部屋は、次の入居者募集で「高齢の方も安心」と打ち出せます。しかも今回の工事は介護保険で工事費20万円分までが対象になるので、大家は一円も払わずに設備が良くなります。
大家がなぜ高齢の入居者に慎重になるのか、その本音は高齢者に部屋を貸すとき大家が見ているものに書きました。あわせて読むと、交渉のときの気持ちが分かると思います。
7. 一番のトラブル源は「原状回復」
賃貸の住宅改修でもめるのは、工事のときではありません。退去のときです。
原則はこうです
賃貸の原状回復には、国が定めたガイドラインがあります。ざっくり言うと——
- 経年劣化・通常の使用による傷み → 大家の負担
- 借主が手を加えた部分 → 借主の負担で元に戻す
住宅改修は「借主が手を加えた部分」に当たるので、原則としては退去時に借主負担で撤去、というのが一般的な扱いです。
原状回復の考え方そのものは退去時の原状回復ガイドラインで詳しく解説しています。
だからこそ、工事前に決めておく
ここが一番のポイントです。工事をする前に、退去時の扱いを書面で決めておいてください。
決めておくべきことは3つだけです。
- 手すり等を残すのか、撤去するのか
- 撤去する場合、費用は誰が持つのか
- ビス穴・壁紙の補修はどこまでやるのか
「そのまま置いていっていいですよ」と言ってくれる大家さんは、実際少なくありません。ただそれを口約束で済ませると、数年後に担当者が変わって話が通じなくなります。 メモ1枚でいいので、残しておいてください。
介護保険の申請書類を作るタイミングで、ケアマネジャーに「退去時の扱いも一筆もらっておきたい」と伝えれば、動いてもらえます。
8. 【PT視点】そもそも工事しなくていい場合があります
これは理学療法士として、強くお伝えしたいことです。
賃貸の場合、工事をせずに解決できるケースがかなりあります。 承諾書のやりとりで何週間も止まるくらいなら、先にこちらを検討してください。
| やりたいこと | 工事なしの選択肢 |
|---|---|
| 玄関・廊下に手すりが欲しい | 据置型の手すり(床に置くタイプ)を福祉用具でレンタル |
| トイレで立ち座りを助けたい | 床置き型の手すりを便器の周りに設置 |
| 浴槽への出入りが怖い | 浴槽用手すり(浴槽のふちに挟む)・バスボード |
| 玄関の上がり框が高い | 踏み台を置く(可動式) |
| 段差でつまずく | すべり止め・簡易スロープ(置き型) |
据置型の手すりは介護保険の福祉用具貸与(レンタル)で使えるものが多く、大家の承諾も工事も不要です。月数百円程度の自己負担で使えます。
ただし、注意点があります。据置型は体重を大きくかける動作には向きません。「ふらついたときに軽く支える」用途なら十分ですが、腕の力で体を引き上げるような使い方をするなら、壁に固定するタイプが必要です。
このあたりの見極めは、担当のPT・OT・ケアマネジャーに相談してください。手すりを付ける前に確認したいことにも書きましたが、「とりあえず全部つける」は失敗のもとです。
9. 承諾が得られなかったら
それでも大家さんがNOと言うことはあります。そのときの選択肢です。
- 福祉用具で代替する(上の表を参照)
- 範囲を小さくして再交渉する:「浴室と廊下」ではなく「トイレの手すり1本だけ」なら通ることがあります
- 管理会社を通して理由を聞く:構造上の問題なのか、退去時の懸念なのかで、打つ手が変わります
- 住み替えを検討する:長期的には、はじめからバリアフリー対応の物件やサービス付き高齢者向け住宅を考えた方が早い場合もあります
「断られた=終わり」ではありません。大家が何を心配しているのかが分かれば、たいていは着地点があります。
まとめ
- 賃貸でも介護保険の住宅改修費は使える(上限20万円・自己負担1〜3割)
- 必要なのは所有者の承諾書。A4・1枚で、大家さんが書くのは数行だけ
- 持ち家でも名義が本人でなければ必要。相続で名義が変わった実家は事前に確認を
- 引っ越し前でも申請できる様式がある。退院の見通しが立った時点で相談を
- まずはケアマネジャーに「賃貸です」と伝える。そこから動いてもらえる
- 大家が気にしているのは退去時にどうするか。工事前に書面で決めておく
- バリアフリー化を歓迎する大家もいる(高齢者に貸しやすくなるため)
- 工事なしで済む選択肢(据置型手すり等)も先に検討する
賃貸だからと諦める必要はまったくありません。ただ、持ち家より一手間多いのは事実です。動き出しは早めに——退院日が決まってから慌てると、承諾書のやりとりで間に合わなくなります。
なお、具体的にどの工事が対象になるか、どの福祉用具が適しているかは、必ず担当のケアマネジャー・理学療法士・作業療法士にご相談ください。住まいの状況と体の状態は、ご家庭ごとに違います。
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