「病院では歩行器で歩けていたんです。でも家だと、使っていなくて」
退院後の訪問で、よく聞く言葉です。玄関の脇に歩行器が畳んで置いてあって、本人は壁や家具を伝って歩いている。
歩行器が悪いのではありません。家の廊下が、歩行器の幅より狭いのです。
杖にするか歩行器にするかは、「体の状態」で決める話としてよく語られます。でも訪問リハビリの現場では、もう1つ、家のほうの条件で決まることが多い。この記事では、その両方を書きます。
この記事の結論
- 杖と歩行器の違いは、支える点の数。杖は1〜4点、歩行器は体を囲んで面で支える
- 体で見る分かれ目は、転び方。ふらついて横に倒れるなら歩行器、足がもつれて前に倒れるなら杖では足りない
- 家で見る分かれ目は、通路の幅と物の多さ。歩行器の幅は55〜65cm。廊下は78cm前後しかなく、物が置いてあると通れない
- 訪問先で歩行器が使われていない理由の多くは、「通路が狭い」「物が多い」
- 答えは「どちらか」ではなく、「家の中は杖や伝い歩き、外は歩行器」と場所で使い分けることが多い
- 歩行器も杖も、介護保険で要支援から使える。ただし2024年4月から「借りるか買うか」を選ぶ制度に変わり、杖は買う人が多い
杖と歩行器は、何が違うのか
まず、道具の違いを一言で。
| 杖 | 歩行器 | |
|---|---|---|
| 支え方 | 床に1〜4点の「点」で支える | 体の前や周りを囲んで「面」で支える |
| 必要な手 | 片手 | 両手 |
| 幅 | ほぼゼロ | 55〜65cm |
| 向いている人 | バランスが少し不安な人 | 脚の力が落ちて、体重を預けたい人 |
| 弱点 | 支えが小さい | 場所を取る。狭い所に入れない |
杖は「転びそうなときに突く保険」、歩行器は「常に体重を預ける支え」です。歩行器のほうが安定しますが、そのぶん幅を取ります。ここが、家の中で問題になります。
体で見る分かれ目——転び方
体の状態で選ぶなら、私が現場で見ているのは「どう転ぶか」です。
| 転び方 | 何が起きているか | 向く道具 |
|---|---|---|
| ふらついて横に倒れる | バランスが落ちている | 歩行器(両側から支える) |
| 足がもつれて前に倒れる | 脚の力が足りない、すり足 | 歩行器(前に体重を預けられる) |
| 段差でつまずく | 足が上がっていない | 杖では防げない。段差をなくす |
| 立ち上がった直後にふらつく | 立ちくらみ、血圧 | 道具より、立ち上がり方の指導 |
「バランス」か「脚の力」かで、歩行器が向く理由は変わります。片麻痺や片手が使えない方は、両手で持つ歩行器が使えないので、杖になります。
ただ、ここまでは道具を決める話の半分です。もう半分は家です。
家で見る分かれ目——通路の幅と、物の多さ
訪問先で歩行器が使われていない家を見ると、理由は2つに集まります。通路が狭い。物が多い。
通路が狭い
日本の家の廊下は、壁の内側で測ると78cm前後です。歩行器の幅は55〜65cm。数字だけ見ると通れますが、両手で持って歩くと、肘が壁に当たります。曲がり角では、歩行器の前が壁につかえて、持ち上げて向きを変えることになります。
トイレのドアは、廊下よりさらに狭いことが多い。歩行器ごとトイレに入れる家は、ほとんどありません。だから、トイレの前で歩行器を置いて、そこから壁伝いに入る。一番転びやすい場面で、一番支えがない状態になります。
廊下の「本当の幅」の測り方は「車椅子が本当に通れる廊下の幅」に書いています。歩行器も同じ見方です。
物が多い
廊下に本棚がある。部屋の入口に座椅子がある。台所の床に米袋がある。長く住んだ家ほど、通路に物が増えています。
歩行器は、自分の体より一回り大きい「箱」を押して歩くようなものです。人なら横向きになって通れる隙間も、歩行器は通れない。家族が「通れる」と思っている通路は、本人にとっては通れないことがよくあります。
だから、歩行器を入れる前に、通路の物をどけて、歩行器の幅+10cmが確保できるかを見ます。それができない家では、歩行器を入れても使われません。
現場でよくやる答え——場所で使い分ける
「杖か歩行器か」と聞かれて、私が現場でよく出す答えは、「家の中は杖か伝い歩き、外は歩行器」です。
| 場所 | 道具 | 理由 |
|---|---|---|
| 家の中 | 杖、または手すり・家具を伝って歩く | 通路が狭く、つかまる所が多い |
| 玄関〜門 | 手すり+杖 | 段差があり、歩行器は持ち上げられない |
| 外(道路・買い物) | 歩行器(四輪の歩行車) | 広くて平ら。長く歩くので支えが要る |
家の中は、壁も家具も手すりも「つかまる所」です。歩行器がなくても、伝い歩きで安全に動ける家は多い。むしろ、廊下に手すりを1本つけるほうが、歩行器より役に立つことがあります。手すりの選び方は「手すり 設置場所と種類の選び方」に書きました。
外は逆です。つかまる所がなく、距離も長い。ここは歩行器の出番です。
道具を1つに決めなくていい。 場所ごとに、いちばん安全なものを使う。これが現場の答えです。
介護保険で、借りるか、買うか
歩行器も杖も、介護保険で使えます。しかも、要支援1・2や要介護1の「軽度者」でも使える種類です(介護ベッドや車椅子は、軽度者だと原則借りられません)。
ただし、2024年4月から制度が変わりました。 歩行器と杖の一部は、「借りる(貸与)」か「買う(購入)」かを選べるようになっています。
| 道具 | 借りる・買う |
|---|---|
| 歩行器(四輪の歩行車を除く) | どちらか選べる |
| 杖(一本杖・多点杖。松葉づえを除く) | どちらか選べる |
| 四輪の歩行車、松葉づえ | 借りる(貸与) |
現場の感覚では、杖は買う方が多いです。値段が数千円から1万円台で、長く使うものだからです。借り続けると、月々は数百円でも、何年も使えば買ったほうが安くなります。体に合わせて長さを決めたら、ほとんど変わらないのも理由です。
一方、歩行器は借りるほうが合うことが多い。この記事の話のとおり、家の中で使えるかどうかは置いてみないと分かりません。体の状態も変わります。借りて1か月使ってみて、家の中で使わないなら返す。外用だけにする。借りられるものは、まず借りて試すのが現場のやり方です。
どちらを選ぶかは、ケアマネジャーと福祉用具の担当者が説明したうえで、本人と家族が決めます。「買ったほうが安いですよ」と言われても、体がこれから変わりそうなら、借りるほうが安全です。
軽度者が借りられるもの・借りられないものは「介護ベッドが借りられない——軽度者の福祉用具レンタルと例外給付」にまとめています。
家族が今日できること
- 玄関から寝室・トイレ・台所までの通路を、メジャーで測る(壁の内側で)
- 通路に置いてある物を書き出す。どけられるものは、どける
- 親が家の中で何につかまって歩いているかを見る。壁、家具、ドアの枠。それが「今の手すり」です
- 歩行器を借りるなら、福祉用具の担当者に「家の中で使えるか、一緒に歩いて見てください」と頼む
- 杖をすすめられたら、「借りるのと買うの、どちらがいいですか」と聞く(2024年4月から選べます)
- 「家の中は杖、外は歩行器」でいいか、ケアマネジャーか訪問リハビリの担当者に聞く
この記事のまとめ
- 杖は点で支え、歩行器は面で支える。歩行器は幅55〜65cmで、場所を取る
- 体で見るなら転び方。横にふらつく・前にもつれるなら歩行器が向く
- 家で見るなら通路の幅と物。廊下78cm前後・トイレのドアはもっと狭い。物があれば通れない
- 訪問先で歩行器が使われない理由は、通路が狭い・物が多い
- 答えは「家の中は杖や伝い歩き、外は歩行器」の使い分け
- どちらも要支援から介護保険で使える。2024年4月から歩行器と杖は「借りる・買う」を選べる
- 杖は買う人が多い(長く使う)。歩行器はまず借りて、家で試す
制度の内容は市区町村・年度によって異なります。ケアマネジャーまたは市区町村の窓口でご確認ください。
親の家をどうするかの全体像は「「親の家、どうする?」完全ガイド」にまとめています。
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