「退去したら、敷金が全然戻ってこなかった」 「クリーニング代を10万円請求された」 「壁紙の張り替え代を全額負担させられた」
賃貸の退去時には、こういったトラブルが後を絶ちません。
実は、こうした費用の多くは入居者が払う必要のないものである場合があります。知っておくべき「ルール」が存在するのに、それを知らないために損をしている人がたくさんいます。
大家として11年、複数の物件を管理してきた経験と、宅地建物取引士の知識をもとに、退去費用のトラブルを防ぐための基本を解説します。
まず知っておくべき「原状回復」の基本ルール
「原状回復」とは、退去時に部屋を元の状態に戻すことです。ただし、すべての修繕費を入居者が払う必要はありません。
国土交通省が公表している「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン」(以下、国交省ガイドライン)では、費用負担の考え方が明確に示されています。
「経年劣化」と「故意・過失」で負担が変わる
ガイドラインの核心は、費用負担を2種類に分けることです。
① オーナー(貸主)が負担するもの
- 時間の経過による自然な劣化(経年劣化)
- 普通に生活していれば生じる傷みや汚れ(通常損耗)
例)日焼けによる壁紙の変色、フローリングの自然な傷み、家具を置いていたことによる床のへこみ
② 入居者(借主)が負担するもの
- 故意や不注意による傷・汚れ
- 清掃を怠ったことによる汚れ
- 通常の使い方とは言えない使用による損傷
例)タバコのヤニ汚れ、ペットによる傷・臭い、壁に開けた大きな穴、カビを放置したことによる床の腐食
「知らなかった」は損をする
このルールを知らないと、オーナーが負担すべき費用まで入居者が払ってしまうことがあります。逆に言えば、ガイドラインを知っているだけで、不当な請求を断ることができます。
よくある「払わなくていい」費用の例
退去費用の明細でよく見かけるものの中に、実は入居者が払う必要のないものが混ざっていることがあります。
ルームクリーニング費用
「ハウスクリーニング費用は入居者負担」と契約書に書いてある場合があります。
ただし、ガイドラインでは「通常の清掃を行っていれば、退去時のクリーニングはオーナー負担」が原則です。契約書に特約として記載されていても、消費者契約法に反するほど不合理な内容は無効になる場合があります。
実際に多くの裁判例で、「通常の清掃をしていた入居者にクリーニング費用全額を負担させるのは不当」とされています。
壁紙(クロス)の張り替え
壁紙は一般的に6〜8年で耐用年数が終わるとされています。
たとえば8年住んで退去した場合、壁紙の経済的な価値はほぼゼロに近い状態です。この場合、たとえ入居者の不注意で壁紙を傷つけていたとしても、残存価値(ほぼゼロ)の範囲でしか請求できないというのがガイドラインの考え方です。
「壁紙全面張り替え30万円を全額負担」という請求は、多くの場合不当です。
畳・フローリングの張り替え
畳は通常、6年程度で価値がなくなると考えられています。フローリングは耐用年数が長く、傷の場所だけ修繕するのが原則です。部屋全体のフローリング張り替えを全額入居者負担にするのは、ガイドライン上認められにくいです。
トラブルを防ぐために入居中からやること
退去時のトラブルは、入居中の行動で大部分が防げます。
入居時に写真を撮っておく
入居した日に、部屋の全体・傷や汚れがある箇所・設備の状態を写真に撮っておきましょう。
「最初からあった傷」を退去時に「入居者がつけた傷」と言われないようにするための証拠になります。写真の日付情報(スマホのカメラであれば自動で記録される)も証拠として有効です。
入居時チェックリストを保管する
入居時に不動産会社から「入居時チェックシート」が渡される場合があります。**これは必ず保管しておいてください。**傷や不具合を書き込んで返却した控えがあれば、退去時の交渉で有効な証拠になります。
普通に掃除をして生活する
「通常の清掃を行っていた」という事実が、退去時の費用負担を下げる最大の武器です。特にキッチン・浴室・トイレは定期的に掃除する習慣をつけておきましょう。
退去時に請求書が来たらどうする?
高額な退去費用の請求書が来た場合、まず冷静に確認することが大切です。
明細書の内訳を必ず確認する
「退去費用○○万円」とだけ書かれた請求はおかしいです。何の工事がいくらか、費用の内訳を明細で出してもらいましょう。
国交省ガイドラインを根拠に交渉する
「国土交通省のガイドラインでは、経年劣化はオーナー負担とされているため、この費用は負担できません」と伝えることで、交渉のスタートラインに立てます。
実は私自身も、一人暮らしをしていたとき、退去時に法外な金額を請求された経験があります。最初は驚きましたが、冷静にガイドラインを確認しながら交渉した結果、正規の請求額まで減額してもらうことができました。
「知っているか知らないか」だけで、数万円単位で結果が変わります。請求額を見て「高い」と感じたら、感情的にならず、まず内訳の確認と根拠の確認から始めてみてください。
納得できない場合は相談窓口へ
- 国民生活センター・消費生活センター(無料)
- 弁護士会の法律相談(有料、30分5,500円程度)
- 不動産適正取引推進機構(RETIO)
少額(60万円以下)であれば、少額訴訟という裁判の簡易版を使うことで、弁護士なしでも裁判所で解決できます。
大家の立場から正直に言うと
大家として言わせてもらうと、良心的なオーナーはガイドラインに沿った精算をしています。
問題になるのは、一部の悪質なオーナーや管理会社が、入居者の「知らない」につけ込んで不当な請求をするケースです。
「敷金が戻ってこない」「高額請求された」という場合は、泣き寝入りせずに内訳を確認し、ガイドラインと照らし合わせることをおすすめします。
また、親の実家を賃貸に出す場合も、入居者に対してガイドラインに沿った公正な精算を行うことが、トラブル防止と長期的な信頼関係につながります。
まとめ
| 費用の種類 | 誰が負担? |
|---|---|
| 経年劣化・通常損耗 | オーナー |
| 故意・過失による損傷 | 入居者 |
| 清掃を怠った汚れ | 入居者 |
| 耐用年数を超えた設備の交換 | オーナー(原則) |
| クリーニング費用 | 特約がなければオーナー原則 |
退去費用のトラブルを防ぐ3つのポイント:
- 入居時に写真と書類を保管する
- 普通に掃除をして生活する
- 退去時の請求は内訳を確認し、ガイドラインと照らし合わせる
賃貸借契約・原状回復に関する個別の判断は、弁護士・不動産の専門家・消費生活センターなどにご相談ください。
著者プロフィール けいすけ / 理学療法士(訪問リハビリ歴10年以上)× 宅地建物取引士 × 賃貸不動産経営管理士 × 11期目の大家。医療と不動産、両方の現場から「親の家、どうする?」を考えます。
📖 Kindle本:『訪問リハビリで見た、老後の住まいの「正解」と「嘘」』(¥500 / KU読み放題対象)
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