家族信託とは?——親が認知症になると実家が“凍結”する。その前にできる備えを大家目線で解説 相続

家族信託とは?——親が認知症になると実家が“凍結”する。その前にできる備えを大家目線で解説

正直に言うと、私がこの制度を知ったのは最近です。

家族で営んでいる賃貸経営の法人には顧問税理士がいるのですが、相続の相談をしていたときに、こう言われました。

家族信託は検討しましたか? これは“親が元気なうち”にしかできない備えですよ

家族信託——名前は聞いたことがあっても、中身を説明できる人は少ないと思います。私も即答できず、その日から自分で調べ始めました。

調べてわかったのは、これは「親が認知症になると、実家が動かせなくなる」という、とても現実的な問題への備えだということです。宅建士・大家として不動産にはそれなりに詳しいつもりでしたが、「知らないと打つ手がなくなる制度」だと感じたので、今日は同じ立場のあなたに共有します。

この記事の結論

  • 親が認知症になると、実家は売れない・貸せない・大きな修繕もできない「凍結」状態になりうる
  • 家族信託は、親が元気なうちに「実家の管理・処分をする権限」だけを子に託しておく仕組み
  • 認知症になってから使える成年後見制度より、柔軟で、続けるお金もかかりにくい
  • ただし親が元気なうちにしか契約できない。ここが最大のポイント
  • 契約書の作成は司法書士・弁護士、税金の確認は税理士へ。自己流はNG

順番に、わかりやすく説明します。

1. 「実家が凍結する」とはどういうことか

まず、なぜ備えが必要なのかから話します。

家や預金の持ち主が認知症になり、「自分で物事を判断する力がない」と見なされると、その人の財産は本人以外、原則として誰も動かせなくなります

  • 実家を売れない(売買契約が結べない)
  • 実家を貸せない(賃貸契約が結べない)
  • 大きなリフォームができない(工事の契約が結べない)
  • 定期預金を解約できない(銀行が本人確認できない)

「子どもが代わりにやればいいのでは?」と思うかもしれませんが、家族であっても、本人の代わりに勝手に契約はできません。たとえ介護費用のためでも、です。

つまり、「介護施設の入居費用にあてるため実家を売りたい」と思ったときには、もう売れない——こういうことが実際に起きます。これが「凍結」です。

介護と実家の問題は、親が認知症になる前に家族で話し合っておくべきことでも書いたとおり、「まだ早い」と思っているうちが一番の対策どきです。

2. 家族信託とは——「運転席」だけ先に渡す仕組み

家族信託を一言でいうと、こうなります。

「実家の“持ち主の名札”は親のまま、“運転席”だけ先に子どもに渡しておく」

車にたとえると、わかりやすいです。

  • 車の所有者(利益を受ける人)=親のまま
  • 運転する人(管理・処分する人)=子どもに交代

親が元気なうちに「この財産の管理をあなたに託します」という信託契約を親子で結んでおきます。すると、その後もし親が認知症になっても、子どもは運転席に座ったままなので、実家の売却も賃貸も修繕も、契約どおりに進められるのです。凍結が起きません。

登場人物は3人(実際は親子2人でOK)

家族信託には3つの役割が出てきます。難しい言葉ですが、意味は単純です。

役割意味通常は
委託者(いたくしゃ)財産を「頼む人」
受託者(じゅたくしゃ)財産を「任される人」
受益者(じゅえきしゃ)財産から「利益を受ける人」

ポイントは、利益を受けるのは親のままということ。実家を貸して家賃が入れば親のもの、売ったお金も親のもの(介護費用などに使う)です。

だからこそ、この形なら財産をあげたことにならず、信託した時点で贈与税はかかりません(受益者を親以外にすると贈与税の対象になりえます。ここは必ず税理士に確認してください)。

3. 家族信託でできること

  • 凍結の回避:親が認知症になっても、子の判断で実家の売却・賃貸・修繕ができる
  • 使い道の指定:「売ったお金は母の介護費用に使う」など、契約で目的を決められる
  • 承継先の指定:「自分が亡くなったらこの財産は長男に」と、遺言のような機能も持たせられる。さらに「長男の次は孫に」とその先まで指定できるのは、遺言にはない特徴です

遺言との使い分けについては、遺言と相続準備の基本もあわせてどうぞ。

4. 成年後見制度と何が違うのか

「認知症になった人の財産管理」というと、成年後見制度を思い浮かべる方もいるはずです。大きな違いは「いつ・誰が・どれだけ自由に」です。

家族信託成年後見制度
始められる時期親が元気なうちに契約判断能力が下がったに申立て
誰が管理するか家族(契約で決めた受託者)家庭裁判所が選ぶ(弁護士・司法書士など家族以外が選ばれることも多い)
家庭裁判所の関与なしずっと続く(報告義務あり)
実家の売却契約の範囲内で子の判断でできる「本人のために本当に必要か」を裁判所側が判断。ハードルが高い
費用最初にまとまった費用(後述)専門家が後見人になると報酬が毎月かかり続ける(月2〜6万円程度が目安とされ、亡くなるまで続く)

成年後見制度は「本人を守る」ための大切な制度ですが、財産を守る方向にとても慎重で、実家の売却のような大きな判断は簡単には通りません。しかも一度始まると、原則途中でやめられません。

だから顧問税理士は「元気なうちにしかできない備え」と言ったわけです。認知症になってからでは家族信託は契約できず、選択肢は成年後見だけになります。

5. 費用の目安

家族信託は、専門家に頼んで契約書を作るのが一般的です。費用はおおまかに言うと——

  • 専門家への報酬:信託する財産の1%前後が目安と言われます(最低でも30万円前後〜。事務所により差があります)
  • 公正証書にする費用:数万円〜十数万円程度
  • 不動産の名義変更(信託登記):司法書士報酬+登録免許税

合計すると、実家一軒でおおよそ50万円〜100万円程度をイメージしておくとよいと思います。

決して安くはありません。ただ、成年後見で専門家報酬が月数万円×何年も続く場合と比べると、「最初にまとめて払うか、ずっと払い続けるか」の違いとも言えます。

6. 向いている家庭・向かない家庭

向いているのは、こんな家庭です。

  • 実家やアパートなど、不動産がある(凍結のダメージが大きい財産の代表が不動産です)
  • 親がまだ元気で、親子で財産の話ができる関係にある
  • 将来、実家の売却や賃貸の可能性がある

向かない・急がなくてよいのは——

  • 財産がほぼ預貯金だけで少額(銀行の代理人サービス等で足りることも)
  • すでに親の判断能力にはっきり不安がある(→この場合は成年後見の検討になります。早めに専門家へ)

7. 注意点——家族信託は万能ではない

最後に、調べる中で「ここは誤解しやすい」と感じた点を3つ。

  1. 介護や医療の契約はカバーできない:家族信託が扱えるのは「財産」だけ。施設への入所契約など本人の身の回りの契約(身上監護といいます)は、成年後見の領域です。両方を組み合わせるケースもあります。
  2. 節税の制度ではない:家族信託をしても相続税は安くなりません。「凍結を防ぐ」制度です。
  3. 受託者選びで揉めることがある:子が複数いる場合、「なぜ兄だけが管理するのか」となりがち。契約前に家族全員で話すのが鉄則です。

そして繰り返しになりますが、契約書は必ず司法書士や弁護士など、家族信託に詳しい専門家に。税金の影響は税理士に。ネットのひな形で自己流にやると、銀行で信託口口座が作れなかったり、税務で思わぬ扱いになったりします。

まとめ

  • 親の認知症で実家は「凍結」する。家族でも代わりに売れない・貸せない
  • 家族信託は「名札は親のまま、運転席だけ子に渡す」備え。凍結を防げる
  • 成年後見より柔軟。ただし親が元気なうちにしか契約できない
  • 費用は実家一軒で50〜100万円程度が目安。専門家選びが肝心

私自身、顧問税理士に言われるまでこの制度を知りませんでした。「元気なうちにしか使えない」と聞いたとき、真っ先に頭に浮かんだのは自分の親の顔です。

親が元気な今だからこそ、実家をどうするかの話し合いの選択肢のひとつとして、頭の片隅に置いてみてください。

けいすけ(運営者)

理学療法士(訪問リハビリ歴10年以上)× 宅地建物取引士 × 賃貸不動産経営管理士 × 大家歴10年以上。 医療と不動産、両方の現場から見えてくる「親の家のリアル」を、なるべくフラットな視点で発信しています。