「お金を出せば、いい施設に入れてあげられるんでしょうか」
親の施設を探し始めた家族から、こう聞かれることがあります。答えは「はい」であり、「いいえ」でもあります。
私は理学療法士になる前、学生時代に、都内近郊の高級老人病院でリハビリ助手のアルバイトをしていました。10年以上前の話です。費用が高いことで知られる病院で、中で働いて初めて分かったことがいくつかあります。
この記事は、あの場所で見た「お金で買えるもの」と、そこにいて感じた「買えないもの」の話です。そして最後に、施設に入ると決めたときに、実家をどうするかの話をします。
この記事の結論
- 高級施設でお金が買っているのは、設備ではなく人手。清潔さも、言葉づかいも、人の数から生まれる
- 一番違ったのは体を清潔に保つケアの回数。回数の差は、人件費の差
- 患者を「様」と呼ぶ文化があった。言葉づかいは、施設の姿勢がそのまま出る
- 「至れり尽くせりで動かなくなる」と言われるが、私が見た場所にはリハビリがあった。確かめるべきは値段ではなく、リハビリの有無
- 家族の面会は多かった。通いやすさも、お金が買っているものの1つ
- 買えないものは、「どこで暮らすか」を決めることと、空いた実家をどうするか
- 見学では、ケアの回数とリハビリの頻度の2つを聞く
分かれ目は「お金で買えるものを、買いたいのか」
高級施設か、一般の施設か。この分かれ目は「お金があるか」ではありません。お金で買えるものが何かを知ったうえで、それを買いたいのかです。
高級と呼ばれる施設が売っているものは、豪華な建物やレストランのような食事だと思われがちです。パンフレットにはそう書いてあります。でも、中で働いて分かったのは、お金の大半は「人」に使われているということでした。
| お金で買えるもの | お金では買えないもの | |
|---|---|---|
| 体 | 清潔に保つケアの回数、リハビリの頻度 | 本人の「ここにいたい」という気持ち |
| 言葉 | 「様」と呼ぶ接遇、落ち着いた対応 | 家族との会話の中身 |
| 環境 | 個室の広さ、面会しやすい場所 | 実家をどうするかの決断 |
| 人 | スタッフの数、目が届く体制 | 家族が通う時間 |
右の列は、いくら払っても施設は用意してくれません。家族が決めるしかないものです。
買えるもの①|清潔——ケアの回数が違った
働き始めて一番驚いたのは、体を清潔に保つケアの回数でした。
具体的には、陰部の洗浄です。おむつを使っている方の陰部を、お湯で洗い流すケアがあります。一般の病院や施設では、汚れたときと、朝夕など決まった回数で行うことが多い。ところが、あの病院ではその回数が、私が知っていた常識よりはるかに多かった。
これは設備の話ではありません。洗うのは人です。回数が多いということは、その回数だけ人が動ける体制があるということです。清潔さは、床の艶やアメニティではなく、人件費で買われていました。
家族が見学で「きれいな施設ですね」と感じるとき、その「きれい」は、建物のことかもしれないし、人の数のことかもしれない。この2つはまったく別物です。
買えるもの②|言葉——患者を「様」と呼ぶ
もう1つ、はっきり覚えているのは、患者さんを「様」と呼んでいたことです。
病院では「さん」が普通です。「様」で統一されている場所で働いたのは、後にも先にもあそこだけでした。最初は違和感がありましたが、慣れてくると分かります。呼び方は、スタッフの姿勢そのものに影響する。「様」と呼んでいる相手に、ぞんざいな動作はしにくい。
これもお金で買われているものです。接遇の教育には時間がかかり、それを維持するには人と余裕が要ります。
ただし、ここは注意点があります。「様」と呼ばれることが、本人にとって心地よいかは別問題です。近所の人のように「〇〇さん」と呼ばれるほうが落ち着く方もいます。言葉づかいは施設の姿勢を映す鏡ですが、本人に合うかどうかはまた別です。
買えるもの③|リハビリと人手
私はリハビリ助手として入っていました。あの病院では、個別リハビリ(療法士と1対1)とデイケア(日中のリハビリの場)の形で、希望すればいつでもリハビリを受けられる仕組みになっていました。
高級施設については「至れり尽くせりで、何もしなくなって、かえって体が弱る」とよく言われます。理学療法士として、その理屈は分かります。人にやってもらえば、自分で動く機会が減るからです。
でも、私が働いた場所で、それを見た記憶はありません。本人が望めば、動く機会がいつでも用意されていたからだと思います。
だから、家族に伝えたいのはこうです。「高級だから動かなくなる」でも「高級だから安心」でもない。確かめるのは、リハビリがあるか、週に何回か、希望すれば増やせるか、誰がやるか。値段では分かりません。
意外だったこと——家族の面会が多かった
もう1つ、意外だったことがあります。家族の面会が多かった。
施設に入ると家族が来なくなる、という話をよく聞きます。あの病院はそうではなかった。理由はいくつか考えられます。通いやすい場所にあること、面会しやすい設備があること、そして、費用を払っている家族には「見に行く」動機があること。
家族の関わりは、お金では買えないものだと思っていました。でも、通いやすい場所と雰囲気は、家族が来る後押しになる。これは施設を選ぶときの、見落とされがちな基準です。「親にとっていい施設」だけでなく、「自分が通える施設」かどうか。距離と駐車場と面会のしやすさは、パンフレットの豪華さより、たぶん大事です。
買えないもの——決めるのは、家族
ここまでが、お金で買えるものの話です。買えないものは、表の右の列にあります。
一番大きいのは、「どこで暮らすか」を決めることです。
施設に入ると決める。そのタイミングを決める。本人にどう伝えるか決めておく。これは施設が代わりにやってくれることではありません。どれだけ費用を払っても、決断は家族のものです。
そして、その決断とセットで来るのが、次の話です。
そして、実家はどうなるか
施設に入るということは、実家が空くということです。
これは、施設探しの最中にはあまり考えられません。入居の手続き、費用の工面、本人の説得。それで手一杯です。でも入居が済むと、誰も住んでいない家が残ります。
私が現場で見ている範囲でも、空いた実家は3つの道に分かれます。
| 道 | よくある状況 |
|---|---|
| そのまま置く | 「本人が帰りたがるかもしれない」。数年たって空き家のまま |
| 貸す・使う | 家族が住む、貸す。家の状態と場所による |
| 売って費用に充てる | 施設の費用が長く続くとき。決めるまでに時間がかかる |
どれが正解かは家によります。ただ、「決めない」が一番お金がかかることは知っておいてください。空き家のままの家は固定資産税と管理の手間がかかり続け、傷んでいきます。空き家を放置したときに何が起きるかは「空き家の固定資産税リスク」に書きました。
入居が決まったら、まず家の中を整理するところからです。手順は「実家の片付け 手順7ステップ——親が施設に入ったらまずやること」にまとめています。
そして、そもそも施設に入るか、手すりや改修で住み続けるか。その分かれ目は「手すりで住み続けるか、住み替えるか」に書きました。
私が、すぐには高級施設をすすめない理由
私は、高級施設を否定しません。中で働いて、お金が人手に変わっている場所を見ました。清潔で、言葉が丁寧で、リハビリがあった。買う価値のあるものだと思います。
それでも、すぐにはすすめません。理由は2つです。
1つは、費用が長く続くからです。入居時の一時金だけでなく、月々の費用が何年も続きます。それが実家の売却や、家族の貯えにどう響くかは、入る前に計算しておくべきです。「払えるうちは払う」で始めると、途中で選択肢がなくなります。
実際、私が働いていた病院でも、途中で個室から大部屋に移る方がいました。理由を聞いたわけではありません。それでも、入ったあとで部屋を変えることになる場合もある、ということは覚えておいてください。
もう1つは、本人が望んでいるかは、値段と関係がないからです。「様」と呼ばれるより、自分の台所に立ちたい人はいます。10年以上前、あの病院で丁寧に扱われている方を見ながら、それでも「家に帰りたい」という言葉を聞くことはありました。
だから、私の立場は「判断材料を渡すだけ」です。買えるものと買えないものを知ったうえで、家族が決めてください。
見学で確かめる2つ
もし高級施設を見学するなら、豪華さではなく、この2つを聞いてください。
- 体を清潔に保つケアは、1日に何回ですか(回数は人手の数を映します)
- リハビリは、週に何回、誰がやりますか。希望すれば増やせますか(「あります」だけなら、もう一度聞く)
そして、帰り道にもう1つ。自分はここに、月に何回来られるか。それが施設選びの、見落とされがちな3つ目の基準です。
この記事のまとめ
- 高級施設でお金が買っているのは、設備より人手。清潔さも接遇も、人の数から生まれる
- 一番の違いは体を清潔に保つケアの回数。その裏には人件費がある
- 「様」と呼ぶ文化は施設の姿勢を映す。ただし本人に合うかは別
- 「高級だから動かなくなる」は決めつけ。リハビリの有無と頻度を確かめる
- 家族の面会は多かった。自分が通える場所かも基準に入れる
- 買えないのは、どこで暮らすかの決断と、空いた実家をどうするか
- 入居が決まったら、実家の道を「決めない」ままにしない
施設の費用や体制は、施設・時期によって異なります。見学のときに、施設に直接ご確認ください。
親の家をどうするかの全体像は「「親の家、どうする?」完全ガイド」にまとめています。
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