「玄関で転んだ」——ご家族から、こう聞くことがあります。
そのとき私が最初に確認するのは、どこで転んだかではありません。何をしていたかです。
そして、返ってくる答えでいちばん多いのは、段差を越えるときではありません。
靴を履くときです。
この記事の結論
- 立ったまま靴を履く動作では、片足立ち・前かがみ・両手がふさがるの3つが同時に起きています
- しかも玄関の床は硬い。転んだときのけがが大きくなりやすい場所です
- 座れば、3つとも消えます
- 座る場所のつくり方は2つ。上がり框に腰かけるか、玄関用のベンチを置くか
- 玄関のベンチに介護保険は使えません。住宅改修にも、福祉用具の購入にも入りません
- ただし、毎月の支給限度額を1円も使いません
立って靴を履くとき、体に何が起きているか
分解してみます。
| 動き | 何が起きるか |
|---|---|
| ① 片足を上げる | 支えている面積が、半分になる |
| ② 前にかがむ | 重心が、前に出る |
| ③ 両手で靴をさわる | とっさに、支えられない |
この3つが、同時に起きています。
私たちはこれを「バランスを崩す条件が、そろっている状態」と見ます。
ひとつだけならまだ持ちこたえられます。3つ重なると、持ちこたえられません。
しかも、玄関は硬い
ここが見落とされます。
| 床 | |
|---|---|
| 居間で転ぶ | 畳・カーペット・フローリング |
| 玄関で転ぶ | コンクリート・タイル |
同じ転び方でも、けがの大きさが変わります。
しかも玄関には、たたきと床の段差があります。転ぶ方向によっては、落ちるように倒れます。
そして、たいてい急いでいます
靴を履くのは、出かける直前か、帰ってきた直後です。
- 出かける前——時間を気にしている
- 帰ったあと——疲れている・荷物を持っている
一日のなかで、いちばん体が雑になっている瞬間に、いちばん難しい動作をしています。
座れば、3つとも消えます
ここが、この記事でいちばん言いたいことです。
座って靴を履くと——
- 片足を上げても、お尻で支えている
- 前にかがんでも、倒れる先がない
- 両手が空いていても、困らない
さっきの3つが、まとめて消えます。
手すりを1本つけるより、段差を1段なくすより、効くことがあります。
座る場所をつくる。それだけです。
私がやっているのは、2つです
訪問先で提案しているのは、この2つです。
① 上がり框に、そのまま腰かけてもらう
物を増やさない方法です。
玄関に上がったところで、框に腰かける
↓
足はたたきに下ろす
↓
その姿勢のまま、靴を履く
何も買わなくていい。今日からできます。
ただし、框がある程度の高さでないと使えません。低いと、座ったあとに立ち上がれません。
② 玄関用のベンチを置いてもらう
框が低い家では、こちらです。
玄関用のベンチは、市販されています。手すりが一体になったものもあります。
- 折りたためるもの——普段は畳んで、狭い玄関でも置ける
- 手すり付きのもの——座る・立つの両方を支えられる
- 収納を兼ねたもの——靴べらやスリッパを入れられる
介護保険が使えない分、通販で買うのが早いです。座面の高さが40cm前後で、座ったときに足の裏が床につくものを選んでください(Amazonで玄関ベンチを探す)。
家にある椅子を持ってくる方法もありますが、私はあまり勧めていません。
ダイニングの椅子は、座面が高く、脚が細く、床が濡れると滑ります。玄関は水が入る場所です。
どちらを選ぶか——框の高さで決まります
目安は、こうです。
| 上がり框の高さ | 向いているのは |
|---|---|
| 30cm以上(高い) | 框に腰かける(物を増やさない) |
| 20cm前後 | どちらも。座って試してから決める |
| 15cm以下(低い) | ベンチを置く |
判断のもとは、ひとつだけです。
座ったとき、膝が股関節より下にあるかを見ます。膝のほうが高ければ低すぎる=立ち上がれません。
座面の高さは、40cm前後が目安です。
低すぎると立てません。高すぎると足が床に届かず、かえって不安定になります。
いちばん確実なのは、実際に座ってもらって、一度立ってもらうことです。
その場で立てなければ、毎日は続きません。
ここで、お金の話をします
玄関のベンチに、介護保険は使えません。
がっかりさせてしまうかもしれませんが、先に知っておいたほうがいい話です。
住宅改修には入りません
介護保険の住宅改修で対象になるのは、この6つだけです。
- 手すりの取付け
- 段差の解消
- 滑りにくい床材への変更
- 引き戸などへの扉の取替え
- 洋式便器などへの取替え
- 1〜5に付帯して必要になる工事
ベンチを置くことは、この中にありません。
福祉用具の購入にも入りません
介護保険で「買える」福祉用具も、種目が決まっています。
腰掛便座、入浴補助用具、簡易浴槽、自動排泄処理装置の交換部品、排泄予測支援機器、移動用リフトのつり具部分——など。
玄関のベンチは、ここにもありません。
つまり、自費です。
でも、ここが大事です
自費だということは、毎月の支給限度額を1円も使わない、ということです。
| デイサービスを1回増やす | 玄関にベンチを置く | |
|---|---|---|
| 払い方 | 毎月 | 最初に1回だけ |
| 限度額への影響 | 圧迫する | まったく影響しない |
| 超えたら | その分は全額自己負担 | — |
限度額がぎりぎりの方ほど、この違いは大きいです。
限度額を超えたときに何が起きるかは、「介護保険の限度額を超えたら」に書きました。超えた分は、あとから戻ってきません。
手すりと組み合わせると、もっと効きます
ベンチは対象外ですが、手すりは介護保険の対象です。
座る場所(自費)+手すり(介護保険)で、座る・立つの両方が支えられます。
框のわきに縦手すり、またはL字の手すりをつけると、腰かけるときと立ち上がるときの両方で使えます。
手すりの選び方は「手すり 設置場所と種類の選び方」に、20万円の枠の使い方は「介護保険の住宅改修費20万円」にまとめています。
手すりだけ先につけて、座る場所がないまま、というお宅があります。
手すりは、立ったまま靴を履く体勢そのものは変えてくれません。座る場所とセットで考えてください。
ケアマネさんに伝えるときの言い方
「玄関が危ないんです」では、動きません。
伝えるのは、どこで・何をしていて・どうなったか・どのくらいの頻度かです。
「玄関の上がり框(20cm)で、靴を履く際にふらつき、壁に手をついた。週2回程度」
これくらい具体的だと、話が進みます。
伝え方は「ケアマネさんに何を伝えれば動いてくれるか」にまとめました。
段差の話とは、別の話です
玄関の相談というと、段差の話になりがちです。
「玄関が危ない」→「段差をどうにかしよう」——この流れです。
もちろん、それも大事です。スロープにするか踏み台にするかは「玄関の段差、スロープか踏み台か」に書きました。
ただ、段差を平らにしても、靴を履く動作は変わりません。
| どんなときの話か | |
|---|---|
| 段差の問題 | 「越える」とき |
| 靴の問題 | 「その場に留まる」とき |
別のことなので、別に手を打つ必要があります。
工事にするか道具で済ませるかの考え方は「工事にするか、道具で済ませるか」にまとめています。
今日、確認してほしいこと
実家に帰ったときや、電話のときに、一度だけ聞いてみてください。
「靴を履くとき、どこかに座ってる?」
「立ったまま」と返ってきたら、そこが弱点です。
そして、もうひとつ。
「壁に手をついてる?」
手をついているなら、すでにバランスを崩しかけています。転ぶ前の段階です。
ここで気づけると、まだ間に合います。
この記事のまとめ
- 玄関の転倒で多いのは、段差を越えるときより靴を履くとき
- 立ったまま履く動作では、片足立ち・前かがみ・両手がふさがるが同時に起きる
- 玄関の床は硬いうえ、出入りの前後は体が雑になっている
- 座れば、3つとも消える
- 方法は2つ。框が高い家は框に腰かける、框が低い家はベンチを置く
- 座面の高さは40cm前後が目安。低すぎると立てない、高すぎると足が届かない
- 玄関のベンチに介護保険は使えない(住宅改修6種目にも、福祉用具の購入種目にも入らない)
- ただし毎月の支給限度額を1円も使わない。限度額がぎりぎりの方ほど効く
- 手すりは介護保険の対象。座る場所とセットで考える
- 聞くのは一言。「靴を履くとき、どこかに座ってる?」
制度の内容や助成は、お住まいの市区町村によって異なります。ケアマネジャーまたは市区町村の窓口でご確認ください。
親の家をどうするかの全体像は「「親の家、どうする?」完全ガイド」にまとめています。




